TRUE HISTORY

“オム・ホンギル”隊長と“パク・ムテク”隊員の出会い、そして別れ

1960年9月生まれ。1985年エベレストに初めて挑戦し、1998年にエベレスト登頂に成功。いくつかの失敗を乗り越え2000年ヒマラヤ8,000メートル峰14座登頂を成し遂げた。その後もローツェ・シャール(8382m)とヤルンカン(8505m)といったローツェ、カンチェジュンガの衛星峰まで登りヒマラヤに拘り続けた世界初の山岳人だ。この目標を達成するまで、彼は22年の間におよそ38度の挑戦を敢行し、その過程では多くの仲間を失った。オム・ホンギルは、彼を受け入れてくれた山に対する借りを返すために日々挑戦し続ける。

“出会い

1989年ヒマラヤのヒマルチュリ(7,893m)で、遭難にあった啓明大学の山岳会の部長の死体を回収中にオム・ホンギルは啓明大学の山岳部員であったパク・ムテクと出会う。

“絆

2000年カンチェジュンガ(8,586m)、K2(8,611m)
2001年シシャパンマ(8,027m)、2002年エベレスト(8,848m)まで、生死を共にし兄弟よりも強い絆で結ばれたオム・ホンギル隊長とパク・ムテク隊員はヒマラヤ8,000m級4つの座を共に登った。

“別れ

2004年5月18日午後1時15分エベレストの登頂に成功したパク・ムテクは下山途中、標高8,750mの“デスゾーン”で生涯を終えた。

“再会

2005年オム・ホンギル隊長は、“チョモランマヒューマン遠征隊”を結成しエベレストに登頂ではなく遺体の搜索のための登攀に出発する。記録も、名誉も補償もない、77日間の命をかけた挑戦。
そして彼らはついに、パク・ムテクと再会する。

“約束

2000年アジア最初のヒマラヤ8,000m峰14座完登記録
2007年ヒマラヤ衛星峰を含めた8,000m峰完全登頂
登山家オム・ホンギル、彼の偉大な記録の後ろには後輩隊員のパク・ムテクとの約束があった